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自閉症「常同行動」とは

2024.07.08

こんにちは!
児童発達支援・放課後等デイサービス ヒトツナ フランチャイズ本部の遠藤です。

今日は、自閉症の「常同行動」についてお話です。

自閉症とは

自閉スペクトラム症(ASD)の診断基準

A 社会的コミュニケーション及び相互関係における持続的障害
B 限定された反復する様式の行動、興味、活動
C 症状は発達早期の段階で必ず出現するが、後になって明らかになるものもある。
D 症状は社会や職業その他の重要な機能に重大な障害を引き起こしている。

常同行動とは

くるくる回る、飛び跳ねる、手をひらひらと動かす等の行動を繰り返し行うことを「常同行動」といいます。周りから見ていると特に意味のない動きに見えることもあるため、自閉症児者が社会から特異な目で見られる要因の一つでもあり、「やめさせた方がいいのかな?」と不安になることも少なくないと思います。常同行動は、自閉症児者の知的発達や自閉傾向の重軽度によっても様々に現れます。

<常同行動が起こる背景>
①同一性の保持のため(安全を満たしたい)
②感覚運動的遊びのため(楽しい!を満たしたい)

・同一性の保持のため(安全を満たしたい)
常同行動は、一つの目的として外界からの刺激に対する防衛機制としての機能と分かっています。つまり、常同行動は「適応のための合理的な対処努力」と考えることもでき、一般に不安や緊張が強まるとこだわりも強まり、不安や緊張が弱まるとこだわりも弱まりやすいです。非言語の情報から意図を汲み取っていくことが困難な自閉症児にとって、想像力を働かせる必要がある状況はとても不安が大きく、いつもと同じ手順や、方法、道順などにこだわりを持つことで安心を満たすことがあります。その場合、その安心を満たすための行動として、常同行動を示す場合があります。

・感覚運動的遊びのため(楽しい!を満たしたい)
自閉症児は感覚の特異性があるといわれ、感覚反応が鈍いお子さんや、鈍いことから感覚を求める動きを取るお子さんがみられます。そのように、感覚を欲して自己刺激行動として常同行動をとっているケースがあります。
また、自閉症であるかそうでないかに関わらず、子どもの発達段階には「感覚運動期」という時期があり、この時期の子どもは自分の体の刺激を楽しむ遊びの時期です。この時期の子どもは、繰り返し繰り返し、その時必要な感覚刺激を求める動きを取るため、子どもの生活年齢に関わらず発達過程上、感覚運動・自己刺激的に常同行動のように現れることがあります。

「やめさせるべきか」という相談

このように周りから見て目的がないように見える行動も、自己刺激を求めて行っている場合があります。それはピアジェの発達段階でいう感覚運動期の状態と似ており、他者との関わりに困難さを抱える自閉症児は、興味関心が外に向きにくいため、身体的な感覚を求める感覚運動期が長く続いているのではないかという考えがあります。感覚運動期は二語文が完成する時期頃までの時期と考えられているため、言語発達の遅れのあるお子さんは、自分の体の感覚への自己刺激行動が多い場合があります。

常同行動は、やめさせた方が良いのかと悩むこともあると思いますが、基本的に自閉症児者にとってこの常同行動は「いつもと同じ」という、生活の規則性をつくるために欠かせないものであり、それによって安心を得ているという考えが大切になります。無理にやめさせるのではなく、社会的に不適応な行動があるのであれば、支援により他の行動に移行できるよう支援していく、ただし、その上でも「本人にとっては安心しようとして行っている行動なのだ」と理解することが大切です。

「強迫的」になっていたら要注意

ただし「安心を得ようとして行っている行動」が行き過ぎて固着することにより、「それをしないと不安でたまらない」という強迫的な状況に陥っている場合は、注意が必要です。体に入る刺激を楽しみや安心として欲しているのではなく、不安を取り除くものとして反復して行っているとすれば、その行動が出来ない環境・状況に置かれたときに本人にとって強い苦痛を伴い、それがかえって不適応行動を引き起こすことにもなりかねないためです。

社会的に不適応行動が常同行動となっている場合も

ただその場でくるくる回ったり、自分の手をひらひらさせたり、その場で飛び跳ねたり、周りに影響が少ない常同行動もあれば、水を流し続ける、高い所から物を落とす、唾で遊ぶ、肛門や陰部をさわるなど、社会的場面では不適応とされる行動が常同行動となっていることもあり、「それらは安心安全を満たすための行為なので、本人の意思を尊重し、辞めさせることばかり考えなくても良い」と言われても難しいという事もあると思います。

本人にとっての安心安全を満たす行為であることは間違いなくても、それによって社会的に参加できる場面が減り、選択肢が狭くなっていくことは、確かに本人のウェルビーイングの視点で見たときに、支援が必要な部分だと考えます。

良くないかかわりとは、その行動の背景や思いを知らずにやめさせようとすることです。

その行動の背景や思いがわかれば、その行動を別の行動に置き換えるための支援を行ったり、そもそも安心安全を感じられる環境調整を行うことを続けることが大切だと思います。