はじめに
教室や家庭で「落ち着きがない」「集中できない」と感じる子ども。
その背景には、感覚の感じ方のちがい(感覚特性)だけでなく、脳の働きの違いも関係しています。
ADHD(注意欠如・多動症)の子どもたちは、
脳の中でドーパミンという神経伝達物質の働き方が少し異なることが分かっています。
そのため、刺激を求めやすかったり、注意を保ちにくかったりするのです。
この記事では、「脳の仕組み」「感覚」「環境」の3つの視点から、
ADHDの子が安心して落ち着ける環境づくりについて解説します。
ADHDの子どもが「落ち着かない」のはなぜ?
落ち着かない=意思の弱さではありません。
ADHDでは、脳の前頭前野と線条体の間で働くドーパミン系のバランスが崩れやすいことが分かっています。
🧠 ドーパミントランスポーター(DAT)の働き
ドーパミンは「やる気」「集中」「報酬予測」に関わる物質です。
ADHDの人では、ドーパミントランスポーター(DAT)という“ドーパミンを回収する装置”が過剰に働く傾向があると報告されています。
その結果、
- シナプス間でのドーパミン濃度が低下し、
- 注意・集中を維持する神経回路の働きが弱まり、
- 外からの刺激を求めやすくなる
というメカニズムが考えられています。
つまり、ADHDの子どもの「動く」「しゃべる」「気が散る」は、脳が刺激を求めてバランスを取ろうとしているサインでもあるのです。
感覚特性と行動の関係を理解する
その為、脳が刺激を求めてバランスを取ろうとする動きとして、ADHDの行動の多くは、脳内の興奮を調整するための「感覚的な自己調整」がみられることがあります。
「脳の興奮をおさえること」と「感覚調整」は別のもののように見えますが、実は同じ神経の仕組みを通して深く結びついています。
興奮をおさえる=神経のブレーキが働く状態
脳はいつも、
- 「アクセル」=興奮を起こす神経(主にドーパミン・ノルアドレナリン系)
- 「ブレーキ」=抑制をかける神経
のバランスで動いています。
ADHDや感覚過敏のある子では、このアクセルが強く、ブレーキが弱い状態が起こりやすい。
つまり「刺激を受けたあとに落ち着くまで時間がかかる」「静かな環境でも内部的にざわざわしている」状態です。
感覚調整とは、「脳の興奮レベルを自分で整える」働き
感覚調整(sensory modulation)とは、
外からの刺激(音・光・触覚など)に対して、脳の興奮度をちょうどいいレベルに保つ働きのことです。
- 刺激が強すぎると → 過敏(脳がオーバーヒート)
- 刺激が少なすぎると → 鈍麻(脳が低覚醒状態)
ADHDの子どもは、この「中間点(ちょうどいい覚醒状態)」を保つことが苦手な傾向があります。
そのため、動く・しゃべる・触るといった行動で「ちょうどいい刺激量」を探しているのです。
感覚調整がうまくいくと、脳の興奮が自然に下がる
たとえば、
- ブランコに乗って体をゆらす(前庭感覚刺激)
- クッションを抱える(深圧刺激)
- 音の少ない空間に移動する(聴覚刺激の遮断)
こうした感覚入力は、「脳幹(自律神経の中枢)」を通じて興奮をおさえる神経ネットワークを刺激します。
特に、
- 深い圧(deep pressure)や一定のリズム運動は副交感神経を活性化させ、
- 抑制をかける神経が働くことで、脳の電気的興奮(過剰な覚醒)が落ち着きます。
つまり、感覚調整とは「薬のように興奮を下げる」ではなく、身体を通して神経を落ち着かせる自然な方法なのです。
ドーパミンとの関係:刺激と報酬のバランス
ADHDの子では、前頭前野と線条体のドーパミン系が不安定です。
このシステムは「快・興味・やる気」に関わります。
- ドーパミンが不足 → 集中が続かない
- ドーパミンが過剰 → 落ち着けない・衝動的になる
感覚調整が上手くいくと、身体の安心感が生まれ、ドーパミン系が“適正な覚醒レベル”で働くようになります。
つまり、「安心して集中できる」状態を自然に引き出せるわけです。
よく見られる行動 | 背景にある感覚要因の例 |
---|---|
立ち歩く・動き回る | 体の位置感覚(固有感覚)がつかみにくい |
手足を動かす・物を触る | 触覚刺激で安心感を得ようとしている |
他の子の行動に触発されテンションが上がり続ける | 一度刺激を受けると抑制がかかりづらい |
イスに座れない | 前庭感覚(バランス感覚)の不安定さや筋緊張の低さ |
このように、行動は「困った行動」ではなく、体や脳を整えるための行動や、その苦手さからくるものであることが多いのです。
環境設計の基本:刺激を「減らす・整える・選べる」
ADHDの子どもは、外界の刺激をうまく“取捨選択”することが苦手です。
だからこそ、環境のほうから刺激を整えることが効果的です。
①減らす:余分な刺激をカットする
・壁面装飾をシンプルに
・机上の教材は最小限に
・BGMや同時会話を避ける
視覚・聴覚のノイズを減らすことで、ドーパミン回路の負荷を軽減します。
②整える:予測可能性を高める
・活動の順序を視覚で示す(スケジュールカード)
・動線や座席の位置を固定する
・「今・次・その次」が見通せる環境にする
予測できる流れは、不安や衝動を減らし、脳の安定化につながります。
③選べる:感覚調整の逃げ場をつくる
・静かなコーナーや“カームダウンスペース”を用意
・ヘッドフォン・クッション・触感グッズを選べるようにする
・反対に、「動いてもいい場所」「その中でやっていいこと」を明確にする
「選べる」ことが、子どもの自立と自己調整力を育てます。
ドーパミン系が報酬に反応しやすいことを考えると、“選べる支援”は自然な報酬システムでもあります。
大人の関わりで整う「脳とこころ」
ADHDの子が安心して落ち着くためには、大人の伝え方も重要です。
- 指示は短く・明確に
- 注意ではなく、「どうしたらうまくいくか」を一緒に考える
- 行動を止めるのではなく、「整える関わり」を意識する
「動きたい」=「悪い」ではなく、「今は動きたくなる状態なんだね」と受け止める。
この一言が、脳の緊張を緩め、自己肯定感を守ります。
支援の目的は「静かにさせる」ことではなく「安心して過ごせる」こと
落ち着けない行動を“止める”のではなく、
落ち着ける条件を一緒に見つけることが支援の本質です。
行動の裏には必ず「理由」があり、そこには脳の仕組み×感覚のサインがあります。
その2つを理解した上で環境を整えると、子どもたちは自然と穏やかに過ごせるようになります。
まとめ|脳・感覚・環境の三層で支援を考える
ADHD支援のポイントは、
「脳(ドーパミンの特性)」「感覚(体の感じ方)」「環境(場の設計)」の三層を意識すること。
環境は、ことばよりも早く子どもを包みます。
ドーパミンが安定して働く“安心の場”を整えることで、
子どもたちは本来の集中力と意欲を発揮できるようになります。
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