子どもが誰かに手を出してしまったとき、現場には一瞬で緊張が走ります。
支援者の頭の中には、瞬時にいくつもの判断が浮かびます。
まず何より、「止めなければいけない」「相手の子を守らなければいけない」。
これは、迷いようのない大前提です。
安全の確保は、支援の出発点でもあります。
同時に、「手が出るこの子にも理由がある」「それを分かり、整えてあげたい」という気持ちも、確かに存在します。
この二つのあいだで揺れる感覚は、手を出してしまう子と関わったことのある支援者なら、誰もが一度は抱くものだと思います。
「どうして、手が出てしまったんだろう」
「この子を、悪者にしたくない」
他害の場面では、二つの人権が同時に存在します。
手を出された子の人権。
手を出してしまった子の人権。
支援の難しさは、この二つを同時に守ろうとしたときに、一気に立ち上がってきます。
今日のコラムでは、「他害」について掘り下げて考えたいと思います。
他害は「困った行動」である前に「結果が出る行動」
他害について考えるとき、私たちはつい「怒り」「衝動」「わがまま」といった感情の側面に目を向けがちです。
でも現場で繰り返し見ていると、他害にはもう一つ、とても現実的な側面があると感じます。
それは、その子にとって、その行動がうまくいっているという事実です。
手を出すと、何が起きるでしょうか。
・相手が離れる
・嫌な刺激が止まる
・大人がすぐに来てくれる
・状況が一気に変わる
多くの場合、手を出すことで、その子が困っていた状況は、確実に変化します。
つまり他害は、その子にとって一番早く、確実に、結果が出る手段になっていることがあります。
これは「わざと悪いことをしている」という話ではありません。
その子が今持っている力の中で、一番機能している方法を使っているという状態です。
そして、手を出してしまう行動を見ていると、必ずしも「出した方だけが悪い」わけではない場面が多くあります。
・言葉で伝えられない
・感覚的に耐えられなかった
・予測できない出来事に混乱した
・助けてほしかった
・相手に嫌な事をされた/言われた
手が出る背景には、自分自身がこれ以上傷つかないように守りたかった心が見え隠れすることがあります。
なぜ他害は繰り返されるのか
他害は、その子にとって一番早く・確実に・結果が出る手段になっていることが多いー
他害は、その子なりに最適化された行動になってしまった可能性があります。
当然発達年齢等からして、そこまでの考えに至る前に、脳の発達が未熟な低年齢のうちは反射や本能的に手が出ている可能性も勿論あります。
つまり他害は、視点を変えると、こう言うこともできます。
手を出すことで、
困った状況を終わらせることに
何度も成功している。
言葉で伝えてもうまくいかなかった。
待っても、状況は変わらなかった。
助けを求めても、間に合わなかった。
そんな経験を積み重ねてきた子にとって、他害は唯一、確実に機能する方法になっているかもしれないのです。
成功体験がある行動は、人はなかなか手放せません。
それは大人でも同じです。
「ダメ」と止めるだけでは、人権は守れない
他害を「絶対にダメ」と止め続けることは、もちろん必要です。
相手の安全は守らなければいけません。
ただ、行動だけを止めても、その子の中にある「これをすると状況が変わる」という学習は残ります。
ですから、他害よりもうまくいく方法を、増やすことを支援における真のニーズに設定し、手を出さなくても状況が変わった経験を増やしていくことが大切です。
これは簡単なことではなく、同時に他害を発生させない枠組みを支援の中で構築する必要があります。
とはいえ、他害は止めなければいけません。
叩かれた子が我慢することで成り立つ環境は、決して許されるものではありません。
ですが、「止めるだけ」の状態で行われる行為は、他害をしてしまった子、されてしまった子、双方の人権をどちらも守ることができない状況の積み重ねになってしまうのです。
他害を受けた子の人権を守ろうとして、手を出してしまった子をただ厳しく罰する。
逆に、手を出してしまった子を理解しようとして、叩かれた子の気持ちや安全を後回しにする。
どちらか一方を犠牲にして成り立つ支援は、必ずどこかで歪みが生まれます。
だからこそ支援者には、両方の人権を同時に守る視点が求められます。
そのために必要なのは、「叩いた/叩いていない」という評価ではなく、
なぜ、この行動が
この子にとって必要になっているのか
を構造として捉えることだと考えています。
支援で本当に問われていること
他害の支援で本当に問われているのは、
手を出さなくても、
同じ目的が達成できる方法を
どれだけ用意できるか
だと私は思っています。
・言葉で伝えたら、状況が変わった
・距離を取ったら、楽になった
・助けを求めたら、ちゃんと来てもらえた
こうした経験を積み重ねることで、他害は少しずつ「成功しない行動」になっていきます。
人は、うまくいかなくなった方法より、うまくいく方法を自然と選ぶようになります。
そうなるまでの道のりは決して簡単なものではありません。
私たちが育てたいのは「別の成功体験」
教室で意識しているのは、他害を厳しく叱ることよりも、他害以外でうまくいった瞬間を増やすことです。
・小さなサインで大人に気づいてもらえた
・言葉が間に合わなくても、身振りで伝えられた
・距離を取る選択ができた
・待つことで状況が変わった
こうした一つひとつが、「手を出さなくても大丈夫だった」という新しい成功体験になります。
時間はかかります。
即効性もありません。
消去バーストといって、今まで願いがかなっていた方法が通らなくなったことでの反動が起きる可能性も十分あり得ます。
それでも、この積み重ねこそが、
どちらの人権も守る支援につながると感じています。
「どちらの人権も守る」
・手を出してしまった子の人権
・手を出された子の人権
本来これらは対立するものではないはずですが、支援場面では大人が善悪をつけなくてはいけない場面に多々出くわします。
その時でも「どちらも安心して過ごす権利を持っている」という前提に立ち、どちらかが我慢したり、どちらかを正当化する見方に偏っていないかを常に確かめながら、お互いの気持ちに折り合いをつける介入をしていければと思います。
正解を出さない支援を、現場で続けていくために
ヒトツナでは、
「こうすれば必ずうまくいく」という
一つの正解を押しつける支援はしていません。
子どもの行動の奥にある理由を考え、
尊重したい気持ちと、
将来の社会参加を見据える現実のあいだで、
迷いながら、対話しながら、支援を続けています。
それは簡単な運営ではありません。
でも、だからこそ
一人で抱え込まない仕組みを大切にしています。
ヒトツナのフランチャイズは、
理念だけを共有する関係ではなく、
現場の悩みを持ち寄り、
一緒に考え続ける仲間のネットワークです。
- 子ども一人ひとりに向き合いたい
- きれいごとではなく、現実と向き合った支援がしたい
- 「正解がない」ことを前提に、学び続けたい
そんな想いを持つ方と、
これからの支援の形を一緒につくっていきたいと考えています。
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